2月8日開催 移住セミナー「ひょうごナイト」開催レポート

2019.03.19

去る2月8日金曜日の夜、大阪梅田ハービスPLAZAで、カムバックひょうごセンター主催の移住セミナーが開催。会場は20代~70代の男女27名の参加者で満席となり、移住雑誌プロデューサーや仕事・暮らしをエンジョイする先輩移住者による熱心なトークと活発な質問・意見交換で盛り上がり、好評のうちに終了しました。
※各トークの要旨も下のリンクから閲覧できます。

オープニングトーク

 清水県広報専門員の司会進行でスタート。最初に「日本の縮図」兵庫県の五国の魅力が紹介されました。

 

 オープニングトークでは、雑誌TURNS堀口プロデューサーが、全国の移住した若者によるビジネスやまちづくりの成功例など豊富な事例を交えた軽妙なトークで、大都市にはない地域のおもしろさ、可能性についてお話されました。 締めくくりの言葉は・・・「次はあなたの番ですよ」

 

 続いて、先輩移住者ゲスト5名による体験発表に移り、堀口さんとのトークも交えながら、子育てやブランド立上げ、ドローン、就農、パン屋起業、農園開設、市民農園、お試し住宅、ログハウスなど、移住・地域暮らしを実践してこられた皆さんの仕事や暮らしの楽しみや苦労、将来の抱負が熱く語られました。

印象的なキーワードは・・・「自然がいっぱい」「おもしろい」「楽しんで」「夢をもって」「つながり」「ご縁」「人を巻き込む」…etc.

 

 休憩時間に入り、先輩移住者にご持参いただいたパンや淡路島タマネギの試食を楽しんだ後、2班に分かれて先輩移住者たちに思い思いに質問。本音を引き出しながらなごやかなムードで時間いっぱい懇談されました。  閉会後も、名残を惜しむように会場のあちらこちらで歓談が続きましたが、参加者全員、五国の味覚の詰まった“ひょうごの特産品セレクション”を手に会場を後にされました。

 

各トーク要旨

開会~ひょうご五国の魅力 

清水奈緒美(兵庫県広報専門員)
レポートを読む

オープニングトーク

堀口 正裕  「いま、なぜ移住なの?」

(移住専門雑誌「TURNS」プロデューサー、(株) 第一プログレス常務取締役)
レポートを読む

※新しいライフスタイル、本物の豊かな暮らしを追求し、雑誌「tocotoco」「カメラ日和」「LiVES」等の創刊に尽力。
東日本大震災後、日本を地方から元気にしたい、地方暮らしの素晴らしさを多くの若者に知って欲しいとの思いから、2012年6月「TURNS」を企画、創刊。「TURNSカフェ」や「TURNSツアー」ほか、地域と若者をつなぐ各種イベントを展開。地方の魅力は勿論、地方で働く、暮らす、関わり続ける為のヒントを発信している。

 

 

先輩たちは語る ~ 先輩移住者がみつけたものは ~

小笠原 舞

「自然の中の暮らしと、よりよい子育て環境を求めて」 (神戸市 Iターン 保育士起業家 )

※神戸の人や自然に惹かれて埼玉から移住し、現在長田区に在住。こどもたちにとってよりよい環境をつくるために、子育てコミュニティ「asobi基地」と「こどもみらい探求社」を設立し、全国を飛び回る。0歳児の母。
レポートを読む 

 

萬谷 友希

「アウトドアブランドは自然の中で」 
(朝来市30代 Jターン ハンドメイド作家)

※豊岡市出身。大阪でアウトドアガレージブランド×azuroy×(アズロイ)を立ち上げASAGOingGARDEN ‘ KOUBA’での工房兼ストア開設を機に移住。ハンドメイド作家、デザイナーのほか、ドローンパイロットと3足のわらじで活動。
レポートを読む 

 

山本香奈子

「丹波で就農、そしてプチ起業へ」
(丹波市40代 Iターン 農業、パン工房起業)

※ご主人とアメリカに4年間駐在後、丹波に惹かれて大阪から移住し、農業を始める。ハウス栽培の傍ら「パン工房ひとたね」をオープン。4児の母。
レポートを読む 

 

迫田 瞬

「ビジネスとしての農業を志す」
(南あわじ市30代 Iターン 玉ねぎ農園開設)

※大手ラーメンチェーン勤務から、ビジネスとしての農業を志ざし、淡路島に移住して玉ねぎ農園(2525ファーム)を開設。淡路島希望食品(有)代表取締役。自社農園の拡大、生産者のグループ化等をめざす 。
レポートを読む 

 

西村 淳一

「理想の住まいの探し方~ログハウス暮らしを実現」
(赤穂市60代  Iターン まちおこしプロデューサー)

※大阪の広告会社勤務後、フリーランスに。「瀬戸内沿いでログハウス暮らし」の夢を叶えるため、お試し住宅を利用して移住。米原市、湖南市、赤穂市のプロデューサーとして勤務。
レポートを読む 

 

セミナーチラシのご紹介

 

当日プログラム

 

 

1 開会

司会:清水 奈緒美(兵庫県広報専門員)

本日はお忙しい中、移住セミナー「ひょうごナイト・イン・オオサカ」にご参加いただきましてありがとうございます。私は、本日の進行を務めさせていただきます兵庫県広報専門員の清水奈緒美と申します。どうぞよろしくお願いします。

 

ひょうごの魅力

まずはじめに、簡単に兵庫県の説明をさせていただきます。  ご覧いただいています地図のとおり、ひょうごは北は日本海、南は瀬戸内海に面するとっても広い県です。

 古くから特色の異なる5つのエリアがありまして、神戸・阪神間は「摂津」と呼ばれています。異国情緒あるモダンな文化が息づいています。明石から西のエリアは「播磨」という地域です。播磨灘は豊富な海の幸に恵まれています。北は「但馬」です。ちなみに私も但馬出身です。自然を生かしたレジャーや観光地も多いところです。その右下は「丹波」です。山の恵みや日本遺産の丹波焼、デカンショ節などがあります。最後「淡路」は、花やグルメ、瓦や線香など地場産業の盛んな地域です。  とにかく、兵庫は変化に富んだ魅力をひとつの県で凝縮して持っていることから「日本の縮図」といわれています。例えば、都市部で働きながら週末は大自然や農業を楽しむ、逆に、自然豊かな地域で生活、子育てをしながら、週末に都市部のアクティビティを楽しむ、そんな充実した暮らしも実現できちゃいます。

 広い県域は便利な交通網で結ばれていますので、例えば、大阪から三宮までは新快速でおよそ25分。西の端にある赤穂でも新快速電車でおよそ1時間40分です。日本海に面した豊岡も、特急や車でおよそ2時間半で行くことができます。

今夜はそんな兵庫の5つのエリアから、先輩移住者のゲストの皆さんにおいでいただいております。

 

本日のプログラム

 さて、今夜のセミナーのプログラムですが、最初に、移住専門雑誌「ターンズ」プロデューサーの堀口様から、いま全国の若者にも広がっている地方移住についてお話をお聞きした後、先輩移住者ゲスト5人のお話を伺います。その後の交流会では、皆様に2つの班に分かれていただき、先輩移住者と自由に懇談いただきます。

2 オープニングトーク

司会:それではオープニングトークに移ります。堀口正裕様に「いま、なぜ移住なの」と題してお話しいただきます。
堀口様は「雑誌TURNS(ターンズ)」のプロデューサーで第一プログレスの常務取締役でいらっしゃいます。地域と若者をつなぐイベントを全国で展開されるなど移住の最前線でご活躍されています。
 それでは、堀口様よろしくお願いいたします。

 

スペシャルゲスト  堀口 正裕 氏(雑誌“TURNS”プロデューサー)
~ いま、なぜ移住なの? ~

皆さんこんばんは。初めまして。ご紹介にあずかりましたターンズの堀口と申します。今日はよろしくお願いします。
 私は全国を飛び回って色々な地域活性の事例紹介をやっています。よく「先生」みたいなことを言われますが、地域コンサルというタイプの人間ではなくて、一メデイアを創っている人間として、客観的に地域を回って地域を盛り上げる素敵な人たちや、彼らを支えている地元のおじちゃん、おばちゃん、おじいちゃんおばあちゃんたちのストーリーから、地域の魅力や可能性を伝えたいと思ってやっているんです。ですから、「こうすれば地域がよくなりますよね?」といわれても、「いやそれはわかりません」とだいたい言います。地域によって課題が全く違いますから、そういう質問には、なかなかこたえられない。ただ客観的に「こんなことはどうでしょうか」、「事例からヒントを得てくださいね」・・・そんなスタンスでいつもお話をさせていただいています。
 ここでは、移住とは?みたいな話を延々とやっていても面白くないと思うので、移住して地域資源を使って色々と面白いビジネスをやった人とか、そういう事例もまじえて、20分でまとめてお話をしたいと思います。

なぜ雑誌“TURNS”(ターンズ)を創ったか

 まず、今日はターンズをなんで創ったの、というところからご紹介したいと思います。

 ターンズの創刊は、3.11東日本大震災がきっかけ。われわれ20数名の小さい会社ですけど、メディアを創る立場として何ができるだろうかということで、やっぱり「伝える」という仕事をやっているので、次代の日本を背負って立つ子供たちのために何ができるだろうということを考えて、日本を元気にしたいということでこのメディアを創りました。ですから、地域が絶対いいんだ、地方暮らしが絶対すぐれているなんてことを言うつもりはないんです。ただ、地方にかかわることによって豊かになった人たちをいっぱい見てきたので、「人生設計における生き方の一つの選択肢としてはありだよね」ということをお伝えしたくこの雑誌を創りました。色々な働き方、暮らし方があると思うんですけれども、思いとしては日本を元気にしたいということで、いろいろなライフスタイル、価値観に合わせて生き方を選択できる時代なので、そういうことを伝えたいと思ってターンズを創りました。

 3.11があった2011年の翌年に創刊しましたが、実はその前に10年ほど「自休自足」という雑誌もやっていました。これは中高年向けの田舎暮らしのライフスタイル本だったんです。これは会社を始めてから創ったものなんですが、その前にも、やっぱり地域メディアを創りたいということで「夢田舎」という雑誌を、出版社に企画を持ち込んでやっていました。ですから、地方創生といわれるずっと前から、もう20年以上、地域メディアに関わってきた会社です。

 「ターン」というのは、IターンとかUターンとかJターンとか孫ターンとか嫁ターンとか、ターンに言葉をつけて「人が動く」っていう意味はあるのですが、「人生の転機」ということで、振り返った時にこの先これでいいのかとか、色々なヒントを得ていただきたいとか、そういう場づくりをしようということ、そして、この場もそうかもしれませんが、色々な方々とつながっていただいて…それはこれから登壇されるゲストの方とだけじゃなくて参加者同士でもつながっていただいて今の立ち位置を確認したり、また逆に地方とかかわることによって今の暮らしがすごくいいと思える方もいらっしゃるので、すごく柔軟な発想で地域との関わり方を考える上でのヒントにして頂きたく、「次はあなたの番ですよ」、英語で言う“It’s your turn.”..という意味も表しています。

TURNSの事業

 都市から人を引っ張ってくるだけじゃなくて、地元の子供たちと、例えば市役所とか役場の人たちと一緒に映画を作ったりとか、情報発信の講座を一緒にやったりとか、そういう事業をしているんです。一緒に地域の誇りを醸成しましょうみたいなこともやらせていただいてます。

 毎週のように「ターンズカフェ」という、この場のような地域のリアルな話しを聞きましょうというイベント、いい話ばかりじゃなくていろんな現実的な話を聞きましょうみたいなことをやったりとか。

 あとは、どうしても「移住」っていう言葉が重いので、もっと色々な選択肢というかアプローチの仕方があるんじゃないかと考え、それを形にしています。

 秋田県の大舘…「曲げわっぱ」が有名ですけれども…、裏テーマに「継業」、後継ぎっていうことでワークショップをしたことがありますが、地方では、パラレルワークで、一つの仕事だけで食べていくんじゃなくて副業ということを意識して、いろいろな仕事を兼業していく可能性も示唆しながら、ワークショップに参加してもらって、これが仕事になる可能性があることを感じて頂き、現地に行ってもらいたいという思いで実施したところ、30人の枠に800人のキャンセル待ちが出た実績もあったのです。

 埼玉県では「農ある暮らし」を提唱しているので、「食」をテーマに埼玉を知って頂きましょうと、色々な入り口を作るイベントなどもやらせて頂いております。ただ、イベントをやって打上げ花火的に今日おいしかったね、楽しかったね、だけだと意味がないので、やっぱり現地へ行って、子育てしている方であればママさんのコミュニティはどういうのがあるんだろうとか、土地を見たり空き家を見たりとか、そんな実際の暮らしに触れるツアーもやらせていただいています。

 東京のど真ん中で情報発信しているだけじゃなくて、今は徳島県の佐那河内村(さなごうちそん)という3年後に1000年を迎える村がありまして、そこのスーパーを改修した「新家」という場所にサテライトオフィスを出してこれから色々な企画を実地していきたいと企んでいます。

 

自己紹介

 ここで簡単に自己紹介を挟みます。こういう風にしゃべってますけど、「じゃあ堀口、本当に地域のことわかってるのか」と言われるんで、私、実は色々なことやってるんです。埼玉県の狭山ってお茶が有名なところがありまして、そこに暮らしてるんですね。東京の有楽町まで1時間50分かけて通っている。すごく遠いんですけど、私この町が好きで、ここで畑を3反(1000坪)耕してます。また、合気道の道場も。実は20年前に他界した父親の道場で稽古しています。何が言いたいかというと、土いじりをして、地元の青少年育成に貢献してるような、いい意味で地域にしがらみながら(地域を体感しながら)情報発信の仕事をやっているということです。

若い人たちが求めているものは

 ただ単に、紙媒体とかイベントとかやって情報発信や地域の魅力を伝えているだけではなくて、色々なメディアとタイアップしています。レギュラーで一昨年から、東京FMの「スカイロケットカンパニー」という生放送番組の中で、木曜日に15分程度で色々な地域の魅力をお話しさせて頂いてます。ただ単に話すだけではなくて、実は20代、30代の若いリスナーが、もっと言ったら、仕事しながら生き方を考えるリスナーさんに、地方移住なんか考えたこともない人たちが、この番組を聴いて地域と繋がるきっかけをつかんで、移住したケースも出てきました。「移住」っていうとすごく重たいんですけど、いま「関係人口」とかいう表現がありますが、地域への関わり方が多様化していて、その中で自分ももしかしたらこういう取組みができるかもしれないという方々が増えてきて、ラジオと紙と色々な事業者と組んでこうしたタイアップイベントをやって地域の魅力を知ってもらうようなことを始めています。興味のある方はお聴きいただければなと思います。こういうリアルなイベントをやったり、女子会をやったり…。

 愛媛県の事例です。よく体験移住みたいなことを企画でやったりしてますけれども、ただ単にお金を出してあげて移住体験させるのじゃ意味がないので、体験したときに色々な人を取材してもらってそれをメディアのFacebookで毎日レポートをあげてもらったりしたんですね。その結果、レポーターとして参加してくれた女性が、子供さん3人と旦那さんと5人で移住を決定したという事例が出てきたりとか、様々な形での地域へのアプローチということをやらせていただいています。

 これは賛否両論あるかもしれませんが、客観的にみて今の若い人たちが求めているのは、ものづくり手づくりとか素材にこだわる暮らしとか…こういう自分の暮らし方とか価値観に従った生き方をしたい、大切にしたいという人が増えている。そこで働き方改革とかいろんなことが出てきているんだろうと思っています。

移住者に人気がある地域とは…「プロジェクト人口」

 これは地域側の話ですけども、今移住者に人気があるところって、やっぱりそこに絶対住みなさいってことは皆さん言われてなくて、自分のライフステージに合わせて、例えば子育て…子供のライフステージに合わせて移住先、住む場所を変えるって言うことも柔軟にやらせてもらえるっていうことがすごく重要なのかなと…。こればかり言ってはいけないんですけど、そこに住んでもらうことは大切なんだけれども、地域をみてもらうとか選んでもらう、これだけ人口減の中で選んでいただくということを考えると、そういうスタンスっていうのも一つありなのではないか。関われる魅力的なプロジェクトがどれだけあるか…これは「関係人口」という言葉ではなくて、もっと自分のスキルを使ったり、役割を持って地域に関わるっていうことかもしれません。岐阜県の郡上市は、「プロジェクト人口」という言い方をしていて、都市部の人材が地域の事業を手伝うプロジェクトですが、結果移住者が増えているという実績があります。

ですから、どれだけそういうプロジェクトがあるか、そういうものをつくることが大事なのかなと思います。

まちづくりを楽しむことが大事

 あとはやっぱり、まちづくりを大人が楽しんでいるっていうことが大事ですよね。子供たちも大人と一緒になってやることによって、すごくまちに誇りを持ってもらう、そういうことがすごく大事なのかなと思っています。

 都市部で争うんじゃなくて、一緒に作っていく「共創」っていうのが大事だということと、地域全体のつながりを意識していくのが大事だなと。ただ、全国をまわって見てきて、「地域のため、地域のため」って言う人はウソで、やっぱり自分がわくわくしたことと地域の課題っていうことを掛け合わせたところで何かものをつくったり、事業やビジネスを起こした人たちが比較的成功しているなというところですね。だから、雑誌に登場する人はみんな笑顔ですが、実際はいろいろ苦労されて試行錯誤されてやられてます。こういうアウトプットするところを成功するまでやり続けているような人が多くて、そういう人たちを取材して思ったことを伝えています。

 何をやるかも大事なんですけど、地域との関わりでいくと、「誰とやるか」、当たり前のことなんですけど、補助金も大事ですけど「やっぱり人ですよね」っていうところで、それを前提としていくつか事例を用意させていただきました。

おもしろい地名を活かした日本酒開発(長門市 津田さん)

 山口県長門市で、有名な棚田や123基の赤い鳥居が並んでいる神社がある半島なんですけど、「向津具」・・・これ読めますか?「むかつく」半島っていうんですね。ユニークな地名と地域の課題と自分がやりたいことが掛け合わさったところでブランドをつくっている人たちが結構成功してる。

 ここに移住された男性は、地元の課題の造り酒屋がほとんど無いということで、それをみんなで復活させたいと思っていた。長門市はいま、観光開発が進んでいる中で、向津具半島でも新しいお土産商品を作ろうと言うことで彼が日本酒をプロデュースしました。先ほどの棚田、ここで作られた酒米でお酒を造ろうということで、「純米大吟醸むかつく」というのを売り出すんです。これが面白いことに6月29日を「むかつくの日」と制定して、その日から売り出すんです。最初限定1000本造って速攻で売れるんですね。今SNSとかもあるんですけど、やっぱり思いを伝えて地元の人を巻き込んでやっているので、地元の人たちからどんどん買っていくということです。先ほどの棚田米を使用したりとか、自身もそこで一緒にやっていくということが重要です。楊貴妃の伝説が残っているということで地元の女性をモデルに絵をしたためてあったり。ただ、造り酒屋が無いのにどうやって造ったのっていうのは、たまたま隣町の阿武町に、阿武の鶴酒造と言う酒蔵で同級生の人が34年ぶりに酒蔵を復活させたという話があって、その人に声をかけて一緒に組んで、そういうつながりを使って酒造りを開始しました。若い人たちのそのスピード感ある動きは、PDCAではなく、アイデアが出たらすぐ動こうっていう…‘IDCA’と呼んでますが…その辺のスピード感てすごい大事なのかなあって思います。

 で、それで今年は終わらなかったんです。先ほど神社がありましたけど、ここの御利益に預かろうということで甘酒を開発します。そしてさらに、地域資源をよく見ると、この神社の近くに潮が噴き出してる…「龍宮の潮吹き」という天然記念物があるのですが、これをヒントに「スパークリング」を造ろうと、「龍宮の潮吹き」っていう名前のスパークリング日本酒を開発します。ラベルの裏に龍の絵をしたためて、よく見ると龍が昇っているような商品開発をして、これもすごい人気の商品になっています。

 さらに最近始めたのは、今の時代だからということで…「ライブコマース」ってご存じですかね?…要はテレフォンショッピングみたいな、その場でSNSでつながっているんで、生産者と例えば私と生産者がスタジオやお店で話をしながらその場からものが売れていく仕組み…疑問点があったらその場でSNSでコミュニケーションを取りながら進めていくと、こんなことも始めまして全国にファンを獲得しているという話です。

 今の時代だからこそできることを駆使して選択肢を増やしているので、やっぱりこういうことってすごく楽しいことだなと思います。これはどこでもできます。東京でやる必要はない、どこでもできますので、こういうことをやってファンを獲得するヒントにして欲しいですね。

鰹なまり節を使った筋トレ食開発(土佐市 増井さん)

さて、もうひとつだけ話をします。土佐市に移住した筋トレ好きな女性がいらっしゃって、空き家を改修してゲストハウスを始めたりなど地域に貢献され、愛されている方なんですね。面白いのは、土佐でずっと食べられてる「鰹のなまり節」の成分に着目したら非常に筋肉の疲労回復にいいということがわかりまして、「打倒サラダチキン」ということで地元企業と一緒に筋トレ食を開発しちゃうんですね。「超鰹力(ちょうかつりょく)」という商品なんですけど、面白いのはこの地域の加工食品を守りましょうとか、鰹のなまり節を守りましょうじゃなくて、全国、全世界にいる筋トレ好きなマニアを相手に商売するんだっていうこと。ちゃんと営業をかけるんです。座して死を待って地域の衰退を嘆くんじゃなくて、自分でどんどん営業をかけてられて、東京の大きいイベントにも出展して、ジムとかドラッグストアとかコンビニとかに置いてもらったりする努力をしたり、有名人やインフルエンサーにも協力してもらってSNSで拡散してもらったりしたところ、なんと月に3万本超売れているんです。すごい楽しく仕事されていて、素晴らしい活躍ぶりです。

次はあなたの番

 こんな可能性があるということで、今日はここでまとめに入りたいと思います。色々な事例、今日はたまたま商品開発の事例ですけれども、皆さん全員が起業したいっていうわけじゃないと思うので、今日は雑誌をめくるような感覚でお話を聞いていただければなということで、ほんの一部、地域資源を活用したお話をさせていただきました。

 こういう小さい会社ですけれど、やっていると何か生きている間にもうあと何十年生きられるか、もう48歳ですけれども、何かできることはないかなと思うと、やっぱり持続可能な社会ということをいつも考えていて、次につないでいくっていうことが大事だなと。自分さえよければいいという考えも別に悪くはないと思うんですけど、面白くないので次代につなげていくということをすごく考えて仕事をしています。子供がいることもあるのかもしれません。

 そうすると地域の魅力というものも、ちゃんと知ることによって、もっともっと面白いことができるんじゃないかなと思ったりしています。

地域とつながることで、色々な生き方の可能性があるというところをお話しさせて頂きました。「ターンズな生き方」をヒントにしていただいて、せっかく今日何かのご縁でお会いしたので、何かヒントにして明日への糧にしていただければと思います。

 地域は面白いです、ほんとにどこへ行っても。私なんか一番移住したいと思っている人間ですけど、みんな良すぎて動けないようになっていますけれども、ほんとに色々な可能性があるというところで、(地域礼賛主義ではありませんが、)すごく素晴らしい可能性があると思ってこの仕事をやらせていただいています。

「次はあなたの番ですよ」ちょっと格好つけて終わります。

お聞きいただきましてありがとうございました。(拍手)

 司会:堀口様ありがとうございました。ではここで参加者の皆様からご質問をちょうだいしたいと思います。

質疑応答

質問:「二地域居住」ですか、今日の方からみたらそんなに甘いものではないと思うんですけど、いかがなんですか?

堀口:どこへ行っても甘くはないですよね、移住は。どこへ行っても課題もあるし、排他的なところもあるし。ただ、私いつも言っているのは、排他的なところにあえて行く必要もないと思っていまして、二地域居住といってもやり方がいっぱいあると思うんです。例えば、仕事を変えずに暮らしだけ田舎の中、自然の中で暮らしたいという人がいて、例えば関東でいうと栃木県小山市というところは人口増えているんです。廃校問題がいろいろある中で、今度小学校が新設されるんです。皆そこに住んで、仕事は東京でやって、新幹線通勤という・・・。あえて厳しいところに立ち向かいたい人はそれでいいですけれども、やり方によって二地域居住の可能性っていうのはいろいろあるんじゃないかないかなと私は思っています。

司会:堀口様どうもありがとうございました。(拍手)

 この後少しお残りいただいて、移住者のトークにもご参加いただきます。

3 先輩たちは語る

司会:続いて、兵庫への移住者によるお話に入らせていただきます。

 最初は、小笠原舞さんです。小笠原さんは、埼玉県から神戸市に移住してこられた保育士起業家で、「合同会社こどもみらい探求社」共同代表、それから「asobi(あそび)基地」代表を務められています。
では、小笠原さん、よろしくお願いします。(拍手)

小笠原 舞(神戸市 Iターン 保育士起業家)
~自然の中の暮らしと、よりよい子育て環境を求めて~

自己紹介

 簡単に自己紹介をさせていただきます。私は愛知県出身で、小学校には3つ行きました。そして、小学校6年生で埼玉に転勤。去年実家が引っ越しをして、今は愛知県にあります。

途中東京に住んだこともあるんですが、2016年4月に神戸に引っ越してきました。当時は兵庫区にいたんですが、長田区に引っ越してすぐに妊娠がわかりました。

長田区は神戸市の中でも少子高齢化が進む場所ですが、人情溢れる下町でもあります。小学校が終わると子供たちが我が家によく遊びに来ていて、7ヶ月の息子の面倒をよくみてくれています。そんな生活をしています。

 

 

東京での活動:こどもみらい探求社、asobi基地

 私は、「こどもみらい探求社」という会社と「asobi基地」という子育てコミュニティを運営しています。もともとは一般企業に勤めていたのですが、25歳の時に保育士になりました。
 活動をし始めた理由は、保育士時代に「こどもたちにとって、本当にいい環境をどう創っていくか」という大きな問いを持ちました。なぜなら、こどもたちと過ごす中で、大人が教えなくても子ども自身に育つ力が備わっていると感じたから。その中で大人ができることってなんだろう?と考えたときに、彼らが自分らしさを持ちながら、そのまんま育てる環境をつくりたいと思いました。保育園でも試行錯誤しましたが、より多くの親子・家族に出会いたいと保育園を出て「保育士×社会デザイン」を軸に、活動をはじめました。
 まずはじめに取り組んだのが、「asobi基地」という活動です。子育てしやすい社会をつくるために、園や地域を超えたつながりをつくっていこうと考え、カフェ、公園など街中にある場所を活かしながらイベントを開催し、コミュニティをつくっていきました。

 あったらいいなと思うものを誰もが形にできる仕組みにし、多くの人を巻き込む仕掛けをしていきました。公園で絵の具したり、商店街で販売体験したり、畑に行ったり、ハロウィンパーティーをしたり、家ではできない体験や大人も楽しめる企画をし、これまで350回以上のイベントを開催してきました。

 その翌年、「こどもみらい探求社」を設立しました。「こども×○○」を軸にして、企業さんや行政さんとのコラボレーションをしながら、社会・環境をデザインしています。関東・関西だけでなく、様々な地域でお仕事をさせていただいています。

 

神戸へ こどもをこの街で育てたい

 今まで5000人を超える親子に会い、このような活動をしてきたのですが、ここからは私がなぜ神戸に来たかという話をします。たまたま神戸の六甲山に旅行に来ていたときに、今の旦那さんと出会ったのがきかっけです。当時はまさか移住するとは思っていませんでしたが、六甲山山頂からの光景を見て、「海と山がこんなに近い場所って、いいな」と思ったことを今でも覚えています。
神戸には高校の修学旅行で1回来ただけでしたが、こどもとの暮らしを考えたときに、神戸のコンパクトさと自然との距離が魅力的だなと感じました。まだ結婚するかどうかもわからなかったのに、ここで子育てできたらいいなという直感はありましたね。

幸いにも仕事が関東だけでなく、関西にもあって行き来をする中で、神戸の街がどんどん好きになりました。芝生がきれいな三ノ宮の東遊園地や須磨の海辺で仕事したり、山に登ってのんびりしたり。そんな生活をしている中で、私自身とある変化が起きました。神戸にいるとゆったりした気持ちで過ごすことができ、身体もとっても調子がよかったんです。何がそうしていたのかを考えたときに、「余白」ができたんだなと感じました。今後、子育てをする時こそ、この「余白」があることが必要だろうなと思いました。

神戸市は街も海も山もたくさんあって、里山がある区もある。文化も歴史もある。移住する前に「asobi基地」として、神戸をフィールドに様々な種類のイベントを実施してみました。その時に感じたのは、神戸だったら子どもと一緒に暮らしの中でいろいろな体験ができるということでした。こどもをこの街で育てたい!と思い、家をすぐに探して、神戸に来ました。

 

移住してよかったこと:健康、アクセスのよさ、都市と自然、人も近い

 神戸に来てよかったことは、何より健康です。こちらに来てから、あまり風邪を引いていません。あとは出張も多くあるので、新幹線と飛行機のアクセスがとてもよいのも大きいです。さらに、沖縄とか北海道にも飛行機一本で行くことができます。
淡路島にも近くて、我が家から1時間あれば行くことができます。都市と自然のバランスがちょうどよく、様々な社会実験もできる。(摩耶山の山頂で結婚式もさせてもらいました!)
行政の方との距離も近いので、やりたいことを相談させてもらうこともしばしば。自分の住む街を自分で作れるという感覚を持つことができるのも大きな魅力です。

苦労したところを教えてくださいといわれたんですけど…思い浮かびませんでした。しいていうなら、「笑い」がわからないくらいですかね。海と山、島が近くにあり、人情あふれる街でこどもと一緒に暮らせることはとても豊かだなと感じています。(果物屋さんがスイカを値引きしてくれたり、喫茶店に行けば抱っこしてもらえたり。)ゆくゆくですが、淡路島と神戸のデュアル生活もいいなと思っています。

時間が短いので、少し駆け足になりましたが、ご静聴ありがとうございました。(拍手)

堀口:出張っていうのは、いろんな企業に対してご提案をされているということですか?

小笠原:はい、そうです。本当に自分たちでも驚くほど様々な種類の仕事があります。来月行く北海道のお仕事は、小学生、中学生向けのITCを使ったまちづくりイベントです。
他にも保育園の保育内容監修や人材研修、子連れで来れる場所作りのアドバイスなどがあります。

堀口:すごい楽しそうですものね。もうわくわくされてる感じが伝わってきて、結局そういうことなんだなって思います。やっぱりひっそり静かに暮らしたいという人は絶対東京が向いているんですよね。マンションの一室でひっそり暮らしなさいという話なんですけど、すごい自分でやりたいことがあって自由になって仕事ができると年収が上がった人いっぱい見てきてるんですよ。東京にいたときより年収が下がるとかいうんですけど、やり方によってそういう人いっぱい出てきているんで、そういう形でみんなわくわくしているんですよね。

やっぱりやりたいことがあって動かれているっていうのはすごくいいなと思いました。

 あと、人を巻き込むっていうことをされたんですけど、これから企業が企業と企業のコラボレーションみたいなものを進めながらも働き方改革で一番危機感をもっているのは大企業なんですよね。だけど大企業が真剣になって働き方改革を進めたときには、例えば週2日勤務で給料が半分にするけど好きなことやっていいよ、そういう企業が今増えてきているんですけど。経費も落として、モチベーションが上がって、かつ地域にいろんな潤いを持たしてくれるという、そんなのがこれからいろいろ始まってくるんですけど、そういうつながりを作られるというのは非常にいいことだと思いますよね。ありがとうございました。


司会:続きまして萬谷友希さんのお話を伺いたいと思います。萬谷さんは豊岡市出身、ハンドメイド作家として大阪でブランドを立ち上げられて、朝来市で工房とお店を開設されてのを機に、朝来市に移住されました。デザイナー、ドローンパイロットとしてもご活躍です。萬谷さん、よろしくお願いします

萬谷 友希(朝来市 Jターン ハンドメイド作家)
~アウトドアブランドは自然の中で~

大阪から朝来市へ“KOUBA”での工房兼店舗開設

 こんにちは、みなさん。萬谷と申します。

 今紹介にあったと思いますけど、何屋さんと言われたら僕も正直わからないんです。もともとハンドメイドで作家として活動していてアウトドアブランドにさせてもらい、店舗を持ちたいなと思って、そのとき大阪で活動していたんですけど、どうしてもちょっと家賃も高いですし、なかなか開くのが難しいなと思っていました。そのとき、朝来市の方から声をかけてもらえて移住し、オープンしたという感じになってます。
 それが、この“KOUBA”っていう昔の竹田城の麓にある旧保育園で、保育園が閉鎖になって建物だけ残っていたところをリノベーションして朝来市が運営しているインキュベーション施設になります。

 

 こういう感じで、廊下とか保育園のままのような感じで残っています。そこの一室を借りて、お店とさせてもらっています。ここが工房で、ミシンとかで縫ったり、もともとTシャツの業界にいたので、そういうふうなこともしてます。

イベントへの出店、ドローン

 いろいろイベントに全国出店していまして、もともとバンドをやっていて音楽がすごい好きで、全国の音楽フェスとかキャンプイベントとかそういうのを回って販売させてもらっています。
 ドローンなんですけども、これは完全に趣味で始めたんですけど、結構フェスとかに行くときに抱き合わせで、一緒に撮らせてもらったりしていて、その中でいろいろアーチストさんと出会えたりして。

これは三田のフェスの途中ですね、こういうふうな知る人ぞ知る的なアーチストさんかもしれないですけど、僕的にはすごい憧れの人たちと接点持って、いま仕事とさせてもらっていてありがたいなと思っています。

今後の抱負・・・キャンプイベント主催

今度僕らが主催で、こういうキャンプイベントやってみようということで、僕が仕事ってなるとちゃんとできない人なんですよ。仕事になると嫌気がさしちゃうんで、遊びってなるとすごい自分が情熱を持ってできるから、仕事にならないように遊びながら活動できたらなと思って、今いろんなことさせてもらっている感じです。

 僕ももともと田舎の出身で、出るときに、何もないっていうのがすごい嫌だったんですね。地元にコンビニもなかったんで、大阪に出たときにコンビニに衝撃を受けたんですけど、24時間やってるやんて思ってそれがすごい衝撃やって。なんで出たんかなって思ったときに、なんか大人の人らが楽しそうだなって思うようなことがあんまりなかったなって思って、イベント行くにしても高校の時から大阪の方まで出なあかんし、神戸とかも出てやってたので、田舎でも楽しいことやっている人いっぱいいるよっていうのを見せてあげたら地元の子供たちも結構居着いてくれるんじゃないかなと思って、こういうイベントをしようと思ってます。以上です。(拍手)

司会:ありがとうございました。
 では、萬谷さんへも堀口さん、何かコメントございませんでしょうか?

堀口:私が最初に申し上げたようなことにすごく近いのかなと思ったりして。子供たちがそういう大人を見て、萬谷さんを見て、なんか面白いなというふうに思ってくれたりとか、そういうことがすごい大事なのかなというのと、あとさっき佐那河内村のサテライトの話しがあったと思うんですけど、あそこの村の人たちとわれわれとはまさに萬谷さんがおっしゃったように、遊びで仕事というほどの収入じゃないけど、小遣いみたいなことを自分が好きでやっている・・・そういう状態を「遊びしごと」と呼んでいるんですね・・・「遊びしごと」をいっぱい作って毎日楽しくやっていきましょうっていうことを、まさに実践されている方だとお聞きしたんですけども。

萬谷:まだまだこれからなんですけど、まだ移住して1年しかたっていないんでまだ結果がまだ出ないんですけど、そういうところを見せれたらなとは思っています。

堀口:こういう方がキーワードとしては、「イノベーション」とか「インキュベーション」とか「デザイン」とか「ハンドメイド」とか「バンド」とか「音楽」とか「ドローン」とか、そういうことが今若い人たちにすごく響くキーワードなんで、これからそういう動きっていうのはどんどん人が集まってくる動きになっていくんだろうなということを思いながらお話を伺っておりました。ありがとうございます。

司会:ありがとうございました。
皆さんご質問等あるかと思いますが、この後の交流会でじゃんじゃん聞いていただければと思います。

司会:続きまして、山本香奈子さんのお話を伺います。

 山本さんは、ご主人とともにアメリカ駐在を経験されたあとで、丹波の地に惹かれて大阪から移住。農業を始め、パン工房の起業もされております。
 それでは、山本さんよろしくお願いいたします。

山本 香奈子(丹波市 Iターン 農業、パン工房起業)
~丹波で就農、そしてプチ起業へ~

 皆さんこんばんは、丹波からきました山本香奈子です。
 パン屋さんを私1人でやって農業もやってます。先ほどから堀口さんとか小笠原さんとか、じゃんじゃん稼いでとかっていうのとはちょっと違って、じゃんじゃん稼げていない例ですけれども、移住して、でも自分の好きなことを仕事にして生きてるよっていう例として見ていただけたらと思います。

 

 

自己紹介

 私ってこういう人ですというのをご紹介させてください。

 山本香奈子43歳です。あまり皆の前で年齢言うのもあれですけれども、移住する年齢とかちょっと参考にしてもらったらいいかなと・・・今43歳です。大阪市福島区で生まれて育ちました。大阪駅から環状線2駅向こうの野田駅です。そこで生まれ育ってずっと大阪にいました。 家族は今、夫と子供4人・・・堀口さんと一緒ですね、4人います。中3が明日私立高校受験なんです。もう親としてはドキドキなんですけど。小6、小2、4歳、全部男子です。もう誰か1人ぐらいお母ちゃん大事にしてくれたらええなって思ってるんです。

 2012年、7年前丹波市に移住しました。移住した時はまだ30代です。丹波市に移住したのは夫が農業したいと言ったからです。私も別に移住に反対はしませんでしたけれども、主導権握ってたのは夫です。2016年、2年ちょっと前に「ひとたねパン工房」っていうパン屋さんを私1人で起業しました。

 

丹波市でこんな農業をしています

 私たちは、丹波市でこんな農業をしてます。丹波市ってすごい自然が豊かなんです。昼夜の気温差も大きくて霧も発生するのでお野菜が美味しくできる場所で、都合7軒か8軒くらいの小さい集落っていうか、組というか、小さい集まりなんですけれども、そういう豊かな自然の中で生活してます。今はビニールハウス、これが60メートルぐらいのビニールハウス三棟で、年間通して大玉トマトとミニトマトを栽培してます。

パン工房

 「ひとたねパン工房」なんですけれども、後で話しますけれども、安定した現金収入を目的として何か加工品をやりたいなっていうところから始まったパン屋さんです。私、もともと趣味でパンづくりやってたんで、それを何か生かせたらなっていうので好きなことを仕事にっていうことで、パンづくりを活かしてパン屋をしました。

 場所は自宅の横、10歩ぐらいです。隣にある倉庫を改築して小さいパン屋さんをしました。農業もやってます、トマトを作ってます。家事もやってます、4人の子を育ててます。それを両立させるために週3日だけ、火・木・土の営業で。11時に営業開始して14時までの短時間。売り切ったらそれで閉店なので、早く売れる日はもう12時にはお店を閉めて、後は自分の時間っていうようなパン屋さんです。対面販売の小さなお店です。でも、1人でやるにはこれで十分なんです。大阪でやっているわけではなくて、丹波市の人口6万人のまちですので。りんご、にんじん、長芋、ご飯とちょっと変わった酵母を使ってパンを焼いてます。自分のところの農園で作ったお野菜とかもパンに使ったりして、小さな循環をしながら小さな商いをしてます。



アメリカ駐在から移住・就農へ

 なんで移住して、なんで就農したんやっていうところを多分ちょっと知りたいかなって思うんですけれども、アメリカ駐在ってかっこいいなって思うかもしれないですけども、かっこ良くはないです。言われたから行っただけのことなんで。アメリカ駐在してました。4年間ほどです。長男が2歳、次男がお腹にいた9ヶ月の頃に辞令が出まして、主人はちょっと上司に言ったらしいです。子ども生まれるんですけどって言ったら、その上司は、「俺のときもそうやった」と。まあ、そういう企業でした。
 先にちょっと主人に行ってもらって、私は子供を産んでからしばらく経ってから行ったんですけれども、そのときにアメリカ人の同僚には、主人は「お前は子どもをおいてきたのか、クレイジーだ」と言われたと。

 そういうアメリカ移住だったんですけれども、そこでアメリカ人の人生観とか仕事観っていうのに4年間みっちり触れました。アメリカ人は仕事終わったら帰るんです、家にまっすぐ。まだ早いですからね。夕方帰ってから家族とバーベキューしたり、公園を散歩したり、そういうことが普通でした。その人生観っていうのも、何て言うのかな、違いをすごく認める人たちだったんですね。他人の考え方をすごく尊重する人達で。だから他人の考えを尊重するから、自分の意見をちゃんと言えるんですよ。自分がしたいこととかをきっちり言えるのは他人が自分を理解してくれるからなんですけれども、自分の意見を言えるってことはしっかり自分の生き方を考えてるってことやったんですね。そういう人生観とか仕事観にすごい触れて、なんか日本と違うやんって感じたのがすごい大きかったです。

 家族の大切さを感じました・・・っていうのはね、頼れる両親や実家が遠すぎました。もう誰も頼りにできなくて、もちろん日本人はいたんですけれども、何か困ったことがあったら家族で乗り切ろうっていうのが一番大きかったです。自分で歩む人生、サラリーマン時代はさっき言ったように上司の一言で「どっか行け」と言われたら住む場所も選択できないというか、住む場所さえ変えられてしまうようなそういうサラリーマンのお仕事やったんですけれども、もっと家族が一緒にいて自分で何かつくり出して、自分で仕事を選んで、自分で生き方を決められるような人生を歩みたいなって主人は思って、私もそれを思ってたんですけれども、主人は強く思ったみたいなんですね。そういうことができるのはどんなのかなって・・・。子どももいましたので、自然の中で生きていけたらなっていうので農業という道を選びました。

きっかけはブドウ狩り、市役所の担当者の熱意、縁

 何で丹波市なんかっていうところなんですけれども、たまたま家族でブドウ狩りに行きました、青垣地方っていうところに。そこで、もうすごい自然が綺麗かったです。山と空気と、もうそこに魅了されました。綺麗なところやなって。

 両親は、今、私の両親も神戸市、主人の両親も神戸市に住んでます。どちらも1時間半ぐらいで車で行けます。これは結構絶対条件でした、移住の。両親に何かあったときに駆けつけることができる距離で移住をしようっていうのは決めたので、そんな中に丹波市も入ってました。

 次は、たまたま担当してくれた市役所の担当者が誘致に熱心でした。いろんな方を丹波市で紹介していただいて、あの人に話聞きこの人に話聞き、「今度会わせてあげるわ」って言って、もう相当熱心な担当者でした。それで紹介してくれたところにたまたま空き家があって、「農地も世話したるで」って言ってくれて就農できました。今お話したとおりたまたまなんです。もちろん景色を気に入ったのもそうなんですけれど、私こういう縁ってすごい大事やなと思って、そんなん言ったら何のアドバイスにもなってないやんって思うかもしれないんですけれども、こういう人と出会うこととか、直感とか、縁とかっていうのはすごい大事で、移住してからも、それはすごい縁の大事さっていうのを感じています。

移住後のマイナス面:天候、労働時間、地域行事…

移住後の仕事と生活のマイナス点、困ったことあるかな・・・ないっておっし
ゃってた方もいましたけど、いっぱいありました。

  1. 収入安定しません。農業は特にそうです。農業もパン屋も天候や気候、そういうものに左右されます。農業は病気とかにも左右されます。
  2. どんな事業も資金が必要です。最初の初期投資がかかります。農業のビニールハウス高いです。これ一つ、県の方から言ってくれって言われてるので言っておきますけど、私がパン屋さんを始める事業の資金は兵庫県女性起業家支援っていうのがありまして、女性が起業する上で助成金を出してくれます。最大100万円まで。大きかったですね。こういう資金が必要です。
  3. 労働時間イコール所得という働き方から脱却できてません。サラリーマンは途中でサボっていても月何万円ともらえます。農業はサボったらその分お金になりません。パン屋もそうです。
  4. 生活をまわすのが大変です。いろんなことやってるんで、パン屋も農業も子育ても。意外と多い地域行事。親族がいません、移住者なので。他の方はみんな同居しているんで、何かあったらおじいちゃん、おばあちゃん・・・それができません。
  5. 自分達が高齢になったときに生活できるのかな。車を運転できるかとか、ショッピングセンターまだあるかなっていうのは、ちょっと不安ですね。

移住のプラス面:安定感、家族一緒、仕事が楽しい…

でもプラスの面ももちろんあります。

  1. 地に足のついた生活。もう転勤しなくていいんです。その地域にどっぷりつかって生活できるっていうことは、とっても安定感があります。
  2. 子供が親の仕事を知っています。お金を得ることの意味とか、お金をどうやって稼ぐかってことも、教えてないけど知ってます、見てます。
  3. 家族一緒になれます。朝ご飯も晩ご飯もいつも一緒です。お風呂もお父さんと入ります。子どもはよく話します、お父さんと。
  4. やらされてる仕事が全くありません、自分で仕事を選んでるので。農業にしてもパンにしても。なので、仕事のストレスはありません。ただプレッシャーはたっぷりあります。失敗したらどうしようとか、パン売れへんかったらどうしようとか、プレッシャーはありますけど、ストレスはないです。
  5. 何よりも、自分の足で人生歩んでるっていう実感は、ものすごくあります。本当に一番、これを感じてます。好きなことやってるんで、それが仕事であっても楽しいです、それをやってる時間は。

なので、皆さんもぜひ自分の好きなことを仕事にしていただけたらと思います。ありがとうございました。(拍手)

司会:ありがとうございました。 それでは、これもまた堀口様いかがでしょうか。

堀口:ありがとうございました。ほんとに楽しんでますよね。伝わってきますね、楽しさが。関係ないですけど、お子さん男の子ですか?

山本:男です。

堀口:私は女、女、男なんですよ、全然関係ないですけど。
楽しまれてるっていう、メモりながら話聞いてたんですけど、キーワードというか、地域の見方、これからいろんなところを選ばれると思うんですけど、市役所の方が熱心って重要なんですよね。

山本:そうですね。

堀口:ですよね。すごい重要なんです。

山本:やっぱり、担当者によっては「移住なんかせんほうがいいよ」って思いながら、担当者によっては移住者を引き寄せている人もたくさんいるんです。本当の話です。もう手間が増えるからやらんでいいよっていうような人が多い中で、その方はやっぱり地域のことをよく考えて、自分の地域を良くしようと思って、移住者来てよ、移住者来てよって、来たら僕がサポートするからっていうように熱心に引き込んでくださったので、それもすごく力になりました。

堀口:重要ですよね。移住相談をされる際にそういうところも見られながら、お互いにホスピタリティをもって会話するとそういうのが見えてくると思うんですよね。あとはやっぱりご縁ですよね。

山本:そうですね。はい。

堀口:そういうことも感じました。自分の足で人生を自分で決めて歩んでるっていうフレーズが本当に素晴らしいなと思って。結局そういうことですよね。地域のためとかじゃなくて、やっぱり自立して生きていくように、生き方の選択肢の一つっていうことでいくと、やっぱりそういうことが一番大事なんだなって。

山本:そうですね、はい。やっぱりそれが結局、子供に誇れる親の姿であって、私がすごくこのパン屋するにしても農業するにしても大事にしてるのは、やっぱり自分たちが、そのお金の面で成功とかじゃないんです、なんぼ稼ぎなさいとかじゃなくてしっかり生きてるってことをこういう場でお話させていただいたりして、次の移住者がちゃんと丹波に来てもらって、そういう人をちゃんと来てもらえれば、私たちが、高齢になったときどうしようっていう心配は消えてくると思うので、そういう成功事例じゃないんですけど小っちゃい商いやけれども、ちゃんとやってるよっていうのを、挫折せずにやってるよっていうのを見せていきたいなっていうのは、常々感じています。

堀口:ちょっと控室のところで迫田さんとも話してたんですけれども、親がやっている仕事をプライド持って子どもに伝えられるか、それを見せられるっていうのはいいですよね。私なんか豊かな暮らしとか言ってますけど、全然、家に帰れなくて。見てください、こんなクマができて。子どもが検索すると私の写真がいっぱい出てくるんですよ。でも何やってるのかは全然わからないっていうようなですね。自分のやってることをちゃんと近くで見てもらってて、そこに誇りを持って、本当にうらやましいなと思いますね、そういう暮らしができるっていうのは。

司会:はい。ちなみに山本さん、今日は手づくりのパンをお持ちいただいてるんですよね。

山本:パン屋さんで売ってる「ぽこぽこ」という名の商品なんですけど、ちょっとその大きい版なんですけれども、小さい子からお年寄りまで人気のパンで、今日はちぎりパンなので、あらかじめちぎってないんで、食べたい方は自分でちぎって、お味見してください。

司会:2種類ありますよね。休憩の間に、どうぞお召し上がりください。山本さんありがとうございました。(拍手)

 

司会:続きましてお話しいただくのは迫田瞬さんです。迫田さんは、大手ラーメンチェーンで勤務をされた後、南あわじ市に移住されましてタマネギ農園を開設。また、淡路島希望食品有限会社代表取締役を務めていらっしゃいます。
では、迫田さんよろしくお願いいたします。

 

迫田 瞬(南あわじ市 Iターン タマネギ農園開設)
~ ビジネスとしての農業を志す ~

 よろしくお願いします。ただいまご紹介にあずかりました南あわじ市で「2525(ニコニコ)ファーム」という農園を経営している淡路島希望食品有限会社の迫田と申します。

淡路島でのスタート

 簡単に、僕がどういうふうに淡路島に移住したかという話と、何年前に移住したかというお話からさせていただきます。
 2012年6月に移住したのですが、同年1月に前職のラーメン店のオーナーに僕の思いをぶつけて出資を募りまして、この会社を設立するに至りました。店長のかたわら、農業・・・「日本一おいしい淡路島タマネギを作りたい」っていう思いを持ってやっていますけれど、まず農業をするには何が必要なのかっていう、本当に右も左もわからないところから入っています。自分の店長の休みを利用して淡路島に通い詰める日々を半年過ごしまして、半年後には移住していました。

 28歳で淡路島移住、それも6ヶ月で移住しているので、相当勢いで行った感じで、スピード感を持って移住に踏み切りました。自分は「30歳までに独立して農家をしたい」と思っていて、実際28歳で移住して独立しましたので、「夢かなったな」と思いますが、弊社を応援してくださる様々な地元の方や企業様との出会い・・・これが今の僕と会社が成り立っている最大の理由です。移住してから本当にたくさんいろんな人が僕の思いを聞いてくれて、「じゃあ田んぼに困っているな」とか、「クワの持ち方から教えてあげよう」とか、いろんな人が自分を支えてくれてここまでやって来れています。

 田んぼを一番最初に借りられるようになったのは7月くらいですが、その田んぼを・・・実は地主さんと自治会の人が揉めていてそれを知らずに借りてしまい、自治会へあいさつに行く前に水を田んぼに入れたんですね、そしてごあいさつに行ったらなぜか正座をさせられ、誰に断って水を入れているの?みたいなところから入って、ここで今年田んぼは作れないかもしれないと言われた28歳のときの苦い記憶があります。そのときに後の師匠になる方と出会って、「おまえ困っとんやったらわしが何とかしたる」と言ってタマネギ55a、白菜20aで75aの土地を、八木大久保っていうところで急遽借りてくれて、「わしが話通したろう」と言って通してくれました。正直その、ここで今年田んぼは作れないかもしれないって言われたときは、もう頭真っ白でした。やれると思っていたことができないということで、もうどうしようっていうところからスタートしましたので、それがかえってよかったのかなと思っています。

 タマネギをブランディングしたいと思っていましたら、「株式会社うずのくに」というところがすごく応援してくれました。「蜜玉」という名前に決まりまして、翌年の2013年からそこで販売していただいています。2525ファームオリジナルブランドタマネギ「蜜玉」って、「何か蜂蜜でも入っているの?」ってよく言われたりするんですけれど、いろんな理由があって「蜜玉」って命名しました。

 

いまの経営状況

 今の経営状況がどんな感じかと言いますと、いろいろと助けてもらってはいたのですが、僕一人で農業をはじめて、第1期目が317万円の売上げ、500万円の赤字でした。2年目780万円、480万円の赤字、3年目が1400万円、減価償却を入れて100万円くらいの赤字で、累計3年で1200万円の赤字を背負うというような超冒険型の起業です。本当によくやっていけたなって思いますが、やっぱり出資者がいたというのが一番大きいです。それで4期目から黒字決算が出てきまして、第6期目の決算を昨年9月に迎えて5740万円の売上で、累積赤字が来期には消えるかなというところまで達成してきています。
 蜜玉の取引先もいろんな方の紹介でどんどん増え、いろんなところにお取り扱いいただいてまして、阪急百貨店とか、阪急オアシスさんとか、大阪の方にもたくさんお取り扱いの店舗がございます。
 2019年度作付け予定は・・・皆さん何ヘクタールといわれてもよくわからないと思いますので、何万玉とタマネギを「玉」計算してみました・・・うちが作っている量で130万玉くらいですね。トン数で言うと250tくらいになるんです。とうもろこしとレタスも作っています。
 今期2019年は7000万円の目標で動いていまして、正社員が2名、契約社員が2名、常時アルバイトスタッフが1名と、臨時のアルバイトスタッフがだいたい5名くらいの状況です。
 経営の特徴としては、まずうちの社員は若い・・・23歳が2人、29歳が1人、20歳の常勤アルバイト1人。臨時のアルバイトスタッフの方は地元の方が結構多くて歳はいってますけれど若い人も来ています。

SNS、メディアによる情報発信

では、その若いメンバーでどういうことをやっていってるのかということをお話しします。 
 農業っていろんな情報を自分たちで発信できるなとすごく思ったので、SNSなどを活用しています。ホームページ“2525farm.co.jp”を検索していただくと新しくホームページができたばかりですし、Facebook、インスタグラム、ツイッター、YouTubeをほぼ毎日やっています。お客様とダイレクトにつながれるので、すごくありがたいことに、Facebook、インスタグラム、ツイッターには毎日コメントが来るぐらいお客様に注目して見ていただいています。
 それから、ラジオもやっています。「2525ファームラジオ」っていうのですが、これはyahooニュースとかで取り上げられたんですけれども、もうすぐ100回です。今98回で、次99回を収録して、というふうに自分たちで収録してラジオをしているんです。会社でもSNSをしていますが、個人のSNSも、マネージャーの井川の“t.ikawa.2525”っていうアカウントがあるので、ぜひインスタグラムしてる方はフォローワーになってあげてください。フォローワーは1万人います。自分自身で「尖る」って言ってやりだして、半年で1万人のフォローワーを集めてきました。そういう相当やり手のマネージャーがいます。
 メディア戦略としての出演実績ですが、すごくメディアさんにも注目していただいてテレビにもいっぱい出ています。去年6本、今年も「天才テレビ君」に1本出て、次も1本オファーがあります。自分たちでプレスリリースしたりして、メディアさんに向けて情報発信をしています。

移住して思うこと

 最後、ここをいっぱいしゃべるようにって言われているんですけれど、淡路島へ移住して思うことと地方でビジネスを志す方へ向けてっていうことでお話しさせていただきます。
 淡路島・・・こどもみたいなんですけど、「食べ物がおいしい」、「空気がおいしい」、「星がきれい」・・・ほんとうに自然いっぱいなところで、淡路島ってすごくいいところです。子育て世代にやさしいまちで、3歳以上の保育料は無料です。うちの息子も次3歳になるんですけど、保育料無料でありがたいですし、人の温かさに多く触れあえるとか、人の縁がすごく感じられるとか・・・。
 逆に、じゃあ淡路島のデメリットっていうと、ガス代が高いです。都市ガスじゃなくプロパンガスですのでガス代が高いですね。洗濯物を干すのが冒険・・・「野焼き」っていって農家が草刈りして燃やしたりするときがあって、そのときにたまたま当たってしまったら洗濯物が悲鳴を上げる・・・というのが淡路島の特徴かなと。それからあと、公共の交通機関が発達してないので、完全に車社会です。バスとかもあるんですけど、ほぼ車ですね。1人1台ずつ車があるというのが淡路島では当たり前になっているのかなと感じています。

地方でビジネスをしていくには

 地方でビジネスしていくには・・・僕が思っていることをえらそうに言わせてもらいます。社会性がすごく必要だと思っています。弊社の場合は、スローガンに「タマネギで世の中を笑顔にする」っていうのを掲げて、経営理念が「地域貢献、社会貢献」、「人々の食の安全と安心を供給する」、「自己実現してもらう」・・・個人的にはこの3番目が一番好きなんですけど、「弊社に関わるすべての人の夢や目標をアシストする」っていうことで、僕、人に喜んでもらうのがすごく好きで、従業員とか取引のあるお客様であったりとか、もちろん買っていただくお客様にも、何か僕たちがやっていることとか、「2525ファーム、ああ面白いことやっているよね」って何かわくわくしてもらったりとか夢を持ってもらったりとか、どんどんいろんな人が前向きになってもらえることがいいかなと思ってやっています。
 こういうことでもって、ぜひ地方へ移住してビジネスを起こしてもらいたいなと思ってます。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

司会:ありがとうございました。
   だいぶアグレッシブな農業をされてますね、迫田さん。

堀口:迫田さん、すごいですね。ほんとこういう経営者の方がいらっしゃるということで大したものでついて行きたくなりますよね。いろいろ教えられるし、すごいなと思って今お聞きしてましたけど、ほかの候補地って最初からもうここだったんですか?

迫田:はい。日本一おいしいタマネギ作ろうって思ってもう淡路島あってなんで。ラーメン屋のときにタマネギのスープを入れてたんですけど、淡路島のタマネギを自分が買ってきて入れたらとてつもなく味が変化して、これは淡路島のタマネギってやっぱりすごいなっていうのがあって淡路島になりましたね、必然的に。

堀口:これからここで始めたいっていう人に土地ってあるんですか?
 なかなか難しいですかね?

迫田:あります。いきなり来ていきなりっていうのは、多少難しいところはあるんですけど、あと5年から10年したら、南あわじ市でもとんでもないくらい土地が空いてくるんじゃないかなっていうふうに思います。

堀口:やっぱりSNS、インスタとかFacebookもそうですけど、自らどんどん宣伝していって、それがフォロワー1万人とかってのもすごいことですよね。
迫田:そうなんです。あれも、最終的にライブドアニュースにまで上がって国内のエンタメで1日ずっとトップで、農家のインスタが芸能人に迫るっていうのですごい頑張ってて…。

堀口:さっきも「座して死を待つ」みたいなすごいこと言っちゃいましたけど、使えるものはどんどんやっていって、今だからこそできるプロモーションの仕方を駆使されているんですごいなと思いました。まあ、28歳の時は相当厳しい時期を過ごされたようですね。

迫田:そうですね。ラーメン1杯生活でしたね、毎日ほぼ。2年間くらいお金なかったです。

堀口:先日秋田県の男鹿に行ったとき面白い話があって、漁業やりたいっていう夫婦が男鹿に移住して組合に入りたいって言って旦那さんが1人で行ったんですね。そしたら誰も相手にしてくれなくて、やりたいんですって1人捕まえて言ったら、「3年後に来い」って言われたらしいんです。そしたらその奥さんが、たまたまエビちゃんっていって、漁業の釣り業界でも抜群に人気がある女の子なんですよ。その話をその「3年後に来い」っていった人が聞いた瞬間に電話かかってきて、「おまえすぐ来い」言われたらしくて、1ヶ月で入れてやるって言ったらしいんですよ。まあそういうのはネタっていうのはあるかもしれないですけど、結局はご縁とかつながりの中でいろんなことが広がっていくっていうことなのかなって。
 で、さきほど取扱店舗ってあったじゃないですか。あれって営業されたんですか、それとも紹介なんですか?

迫田:紹介がほとんどですね。営業はほぼしてないですね。

堀口:つながりっていうことで、すごく楽しんで・・・これまで話された皆さんそうなんですが、ほんとに楽しんでやっているっていうことがすごく印象に残ったっていうところかな、一番大事なことなのかなと思います。ありがとうございます。

司会:ちなみに迫田さんにも今日タマネギをお持ちいただいているということでご用意しております。

迫田:はい。新タマネギのスライスで、この時期って新タマネギってなかなかないと思うんですけど、僕ら特徴として、どこよりも淡路島もので出てくるのが早いと、市場に。もう1月10日くらいから収穫してるんですけど、ちょっと人と違う挑戦をいっぱいしてまして、ぜひスライスのタマネギ、水にもさらしてません。スライスして空気中において半日タッパーで寝かせただけで食べれるんです。よかったら食べてみてください。

司会:辛くないんですか!?
どうもありがとうございました。(拍手)

司会:最後は、西村淳一さんのお話です。西村さんは大阪の広告関連会社で勤務された後独立されました。瀬戸内沿いのログハウスに憧れ、赤穂市に移住されました。現在、まちおこしプロデューサーなどのお仕事で地元赤穂市や滋賀県にも通っておられます。
 では、西村さんよろしくお願いします。

西村淳一(赤穂市 Iターン まちおこしプロデューサー)
~ 理想の住まいの探し方・・・ログハウス暮らしを実現 ~

 はじめまして、西村と申します。
 さきほど4人の方が説明されましたが、私が一番の年配でもう64歳になります。皆さん起業されたりがんばっていらっしゃるんですけど、私、結構いい加減に赤穂に来てしまったという感じで赤穂に暮らさせていただいてます。
 トウモロコシを食べている写真があるんですけど、これ50歳くらいの時に兵庫県の朝来市で畑を借りまして、はじめて家内と作って収穫したトウモロコシがめちゃめちゃうまくて、このアイコンをずっと使っていると、そんな状況です。

 

 

大阪から明石市へ

 実はサラリーマンで大阪の和泉市にずっと53歳まで住んでまして、家と会社の往復というところで、ご多分に漏れずにプレッシャーとストレスで、もうこのまま60まで過ごしていいのかなと。でも、特に手に職があるわけでもなく、何か特技があるわけでもなく、普通のサラリーマンだったんですけど、このまま特に和泉市の和泉中央っていう内陸地では、後半の人生を過ごすのに、もう環境を変えるしか変化がないなということで家内と相談しまして、「とにかく海の見えるとこに行こうよ。それも穏やかな」と瀬戸内の方を探して明石市の方に引っ越しました。

朝来市のクラインガルテンを借りる

 そこで8年間くらい生活しました。環境的には大蔵海岸ってけっこう淡路島が見えるいいところで、そこで暮らし始めたんです。あと家内と相談して、何か2人でできることは何かないかしらということで、一度も2人ともやったことはありませんが、試しに1回、ブームもブームですし畑をやってみようかと、貸し農園を検索しました。実は「クラインガルテン」ていって、週末にその小屋で2泊、3泊生活して、もう電気水道ガス全部整っていてその前に畑があるというのが全国に70箇所くらいあるんです。特に兵庫県には10箇所くらいありまして、それを全部見に行きました。朝来市に30区画、当時は順番待ちという状況でしたが、そこを借りることにしました。金額的には年間50万円~60万円かかるんですが、ちょうど子供が手が離れて、週末何か環境を変えるという意味では、1泊できて畑をするというのもぜいたくなんですけど、ほかの趣味を全部差し引いても家内もそれに特化してもいいかなということで、ほぼ6年間ここを借りて畑をしました。
 ここはクラブハウスもついていまして、おばさんが1人常駐していろいろ教えていただけます。耕運機とか芝刈り機とかも全てそろっていて、ある意味サラリーマンが畑をするには至れり尽くせりです。「クラインガルテン」というのはドイツ語で「小さな庭」という意味らしいんですが、ドイツから始まったシステムで、興味のある方は一度検索されて見に行かれてもいいのかなと思います。
 今はもうやめたんですけど、やっぱり友達になった方も何家族かありまして、年に何回か皆集まってバーベキューしたりとかそういう新しい交流の場としても、丹波篠山市とか隣の多可町、小野市とかに数多くありますので、ぜひご覧になって下さい。

赤穂市でログハウスを買う

実は60になりまして、昔からの夢っていうのが、ログハウスに住んだら気持ちいいやろなという単純な夢です。60でちょうどサラリーマンは区切りでどうしようかという時で、もう「フリーになって細々とでもいいので自分の生活をしようよ」ということでかなり検索をしましたら、赤穂市の空き家バンクでログハウスがヒットしました。実は、ここは20年前に関西のディベロッパーが開発された別荘地なんですけど、今でも150戸くらいが実際生活されてまして、駅まで10分くらいで車で行けます。当時神戸の方が持っていらっしゃいましたが、大阪にはなんとか新快速で仕事にも出れるなということで、それももう格安な値段で出ていたもので、買いました。

 薪ストーブもあって、本当に何か田舎でやるというわけじゃないんですけども自然に囲まれた中で生活して、いま大阪の方・・・滋賀県に仕事で通っているんです。新幹線ではなかなか通えないんですけど、新快速でがんばって通う値打ちのある場所かなと思っています。千種ハイランドという場所で今1戸中古が売りに出ていますので、もしご興味のある方は一度検索してみてください。

 

 

お試し暮らし住宅

 赤穂市もそれまでは全然知らなかったんですけど、実はそういう空き家バンクのほかに1泊1000円で13泊までできる「お試し暮らし住宅」というのがありまして、私らもここを利用して赤穂のことを調べたり、周辺のことを調べたりしました。こういうものを利用されるとサラリーマンの方でも現地のことがよくわかって便利だと思いますので、いろいろ活用していただければと思います。

 

 

赤穂市の魅力

 これは今年のお正月の赤穂御崎からの初日の出なんですけど、やはり瀬戸内海で穏やかです。赤穂市っていうのは周りを山に囲まれておりまして、風とか災害にも意外と強いまちだなという感じもしまして、あと医療関係も充実しています。たぶん赤穂っていえば赤穂浪士しか記憶にない方も多いと思うんですけど、一度赤穂市ってどういうまちかなって調べられてもよろしいのかなと思います。ちなみに新快速で大阪まで1時間40分。ちょっとしんどいですけど、週何回かだったら通っても十分価値あるまちかなと思います。朝来市のあの畑もいいところなんで、朝来市も一度見ご覧になられたらと思います。
 以上です。(拍手)

司会:ありがとうございました。
では、堀口様いかがでしょうか?

堀口:一番ちゃんとまちのPRされたの西村さんですけど、さきほど名刺交換したとき3枚名刺下さって、今の話も面白かったんですけど、さっきそこで話されてることがすごく面白くて・・・私いろんなところへ話をするためだけに行ってるわけじゃなくて、いろんな人と会って私自身も学びたいと思っているんですけど・・・大手の広告会社にいらして、企画、アイデアを形にする仕事をされてたので、いろんな地域のコーディネーター、アドバイザーみたいなことをされてるんですよ。それで、今動いてる企画が結構面白くて。そういうのを私もやりたいな、逆に参考にしたいなと思ったんです。

西村:実は赤穂市のプロデューサーっていう肩書きなんですけど、赤穂に住んだ以上赤穂に何かをしたいということで、人を介して私から赤穂市にプレゼンさせていただいて、週1日でもいいからお金のことは抜きにして雇ってくれというふうに頼みました。で、まちの人たちと一緒に何かできることを、お金もない世界で一緒にやっていくというあたりで、それがどんどんどんどん今広がっていって…。とにかく「おもろいことやろうや」っていうことでやっていきますと、結構それに乗ってきていただける年配の方というのもいらっしゃいます。もう、わいわい楽しくやれるのは、やっぱり都会より絶対田舎かなと思います。ですから人生の後半はぜひとも田舎で過ごされて、田舎の方々と、できることってわずかでもいいんで何かおもろいことをやろうよと…そういう方が1人2人と増えていけば、地方は面白くなるかなと思っています。

堀口:お話聞いていても、すごい楽しまれてるなという感じを受けました。みなさんもそうだと思うんですけども。私も自分の仕事を通して全国の事例を見てきたんですけど、まさに西村さんのような、拠点はあってもいろんなところで仕事ができるなんてすごくいいなと思いながらお話をうかがってました。あのアイコン50歳の写真はどうかと思いましたけど(笑)。

西村:ちなみに今は時間給で働いてますので。

司会:西村さん、どうもありがとうございました。(拍手)

メールで相談する